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彼女が消えた浜辺   @ヒューマントラストシネマ有楽町 [映画(か)行]

彼女が消えた浜辺.jpg
満足度 ★★★★

宗教や生活習慣は違っていても、人を思いやる心、人として大切なことに違いはない。この作品を観てそれを確信した。

わが国では紹介されることの少ないイラン映画。女性たちは夏でも肌を露出せず、頭にはヒジャブと呼ばれるスカーフのようなものを巻いている。見慣れない光景だが、それは単なる生活習慣の違いに過ぎない。

冒頭のシーンがとても印象的だ。タイトルが消えて、さあ本編が始まるぞ、と気構えていても、画面は暗いままで、いっこうに画が出てこない。すると突然、真っ暗な画面に突然横長のスリット状の光が差し、誰かが何かをこちら側に落としてゆく。

ん?郵便ポストの中か?と思うが、そうじゃない。よく見ると、落としてゆくのは、手紙だったり新聞だったり。それから、スリット状の光は、トンネルの出口にシームレスにつながり、車ではしゃぐ主人公たちのシーンに切り換わる。

そこではじめて、最初のシーンは、休暇に出かけて留守になった彼らの家だったと気付かされるのだ。心憎いほど巧みな演出で、この導入部を観ただけでも監督の才気を感じとることができる。

連休を利用してカスピ海沿岸のリゾートにやってきた、大学時代からの友人である3組の夫婦とその子供たち。彼らのほかに、ドイツでの結婚がうまくゆかず離婚して帰ってきたアーマドという男性と、子供たちが通う保育園の保育士である美しい女性エリとが同行していた。

二日目の朝、男たちがビーチバレーに興じ、女たちが昼食の準備に取り掛かっていた時、事件は起きる。浜辺で遊んでいた男児が溺れてしまったのだ。男たちの決死の救助で男児は何とか息を吹き返したが、今度は子供をみていたエリの姿がないことに気付く。

再び血相を変えて海に飛び込む男たち。必死の捜索にもかかわらず、彼女は見つからない。警察や沿岸警備隊にも応援を頼むが、彼らは通り一遍の捜索をしただけで帰ってしまう。挙句の果てに、「もし溺れたのなら、明日になれば、沿岸に打ちあがるでしょう。」という無神経な一言、ひどいなあ。

捜索願を出す段になって、彼らはやっと気が付いた。エリのフルネームを誰も知らない、住所も知らない、家族がいるのかどうかもわからない。
そもそも、なんでついて来たんだっけ? おいおい。

旅行は、3組の夫婦のうちのセピデーという女性が計画したものだった。当初から不自然なところがあり、エリが居なくなってからの彼女の狼狽ぶりも異常であることから、何かを隠している様子。皆の問い詰めに、少しずつ重い口を開きはじめる。

今回の旅行の本当の目的は、離婚したアーマドにエリを引き合わせることだった。エリは来ることを嫌がっていたが、一泊だけでもいいからとセピデーが無理やり連れて来たらしい。なぜそんなに嫌がっていたのか、その理由を知って一同はパニックに陥る。

エリには婚約者がいた。彼女は彼と別れたがっていたが、イスラムの社会では女性の方から別れを言い出すことはできない。もしも婚約を解消しないうちに他の男性と付き合ったりすれば、その相手ともども婚約者に殺されても文句は言えない。だからセピデーはそのことを黙っていたのだ。

エリがこっそり帰ってしまったのか、それとも溺れた子供を助けようとして自分も溺れたのか、どちらかわからないまま、とうとう彼女の婚約者が来ることになった。
さあ~大変だ!ど~すりゃいい?彼になんて説明するんだよ~?

楽しいはずのバカンスが一転して修羅場に。小さな親切のつもりが大きなお世話だった。相手を傷つけまいとしてついた小さな嘘が、さらに取り返しの付かない事態を招いてしまった。そうして右往左往する登場人物の心理状態が、ドキュメンタリーのごとく実にリアルに描かれている。

パニックに陥りながらも、エリの誇りを傷つけまいと気遣い、彼女のために奔走する主人公たち。自分たちを殺しかねない婚約者に対しても、誠実に接しようとする。だからこそ、「エリは自分のことを黙っていたのか?」の問いに、苦渋の選択を強いられるのだ。

普段あまり見ることのないイランの中流階級の生活を垣間見ることができて、大変興味深い。また、わが国ではもう製造中止となっている日産サファリが、中東ではPATROLという名前でまだ活躍していることもわかった。

命や、愛情や、家族や、友人や、人間としての誇りに対する価値観は、宗教や生活習慣が違っていても変わらない、ということを再認識させてくれた秀作だった。


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