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別離   @シネマ・クレール [映画(は)行]

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満足度 ★★★★☆

「彼女の消えた浜辺」のアスガー・ファルハディ監督が、またとんでもなく凄い作品を送り出してきた。

2時間余りの間、緊張の糸がピーンと張りつめたまま、先の読めない展開にドキドキハラハラし、登場人物たちの行く末を固唾をのんで見守るしかない。エンドロールが始まった時にはもうヘトヘトに疲れていた。

前作に続き今回もファルハディ監督が脚本も書いているが、とにかく脚本が素晴らしいの一言に尽きる。

あらすじ(公式サイトより)テヘランで暮らす妻シミンは、11歳になる娘テルメーの将来のことを考えて、夫ナデルとともにイランを出る準備をしていた。 しかしナデルは、アルツハイマー病を抱えることとなった父を置き去りにはできないと国を出ることに反対。夫婦の意見は平行線をたどり、シミンが裁判所に離婚申請をするが、協議は物別れに終わる。 シミンはしばらく家を出ることとなり、ナデルは父の世話のためにラジエーという女性を雇うことにした。 しかし、ある日、ナデルが帰宅すると、父は意識不明でベッドから落ち床に伏せていた。 ナデルは怒りをあらわにして、ラジエーを問い詰め、彼女を手荒く追い出してしまう。 その夜、ナデルは、ラジエーが入院したとの知らせを受ける。しかも、彼女は流産したというのだった……。

このラジエーの流産が、予想以上に大きな問題となる。イランの法律では、受精後120日以上の胎児は、生まれていなくても一人前の人間とみなされるため、もしもナデルの行動が流産の原因になったのだとすれば、彼は殺人罪に問われるからだ。

そもそも、ラジエーに認知症の老人の介護などできるはずがなかった。イスラムの戒律では、女性が身内以外の男性の裸を見ることはタブーなのだ。だから、ナデルの父親が失禁してしまっても、聖職者に電話して許可をもらわなければ着替えさせることもできない。もっとも、シミンが家を出てゆく前は失禁などしたことがなかったので、介護と言っても見守りだけのつもりだったのだろうが。

また、ラジエーはナデルの家で働くことを夫に黙っていたばかりか、妊娠中であることも雇い主のナデルに隠していた。なぜ黙っていたのか、なぜ介護の必要な老人を放置したまま外出したのか、物語の進行とともに事実が明らかになる。

そして、争点は、ナデルがラジエーの妊娠に気付いていたかどうか、ラジエーの流産がナデルと争った際に転倒したことが原因なのかどうか、その2点に絞られてくる。

愛する家族のため、つい隠し事をしたり、ちょっと嘘をついたりしたことが、取り返しのつかないボタンの掛け違いを招き、結局は家族を傷つけてしまう、そんな様をファルハディ監督は見事な緊張感をもって描いている。

近代化に伴ってイラン各地で起きているであろう、女性の自立や高齢者介護の問題、教育の問題も盛り込まれており、今のイランを知ることができるという点でも興味深い。宗教こそ違え、どこの国も同じような問題を抱えているのだ。

冒頭で裁判官がシミンにかけた言葉が今のイランをよく表している。
「ここで両親と暮らすより、外国で片親と暮らす方が、子供にとって幸せなのか? この国の子供に将来はないのか?」

おそらく監督は、「今のままでは、ない!」と言いたいんだろう。

前作「彼女が消えた浜辺」で主役を演じたゴルシフテェ・ファラハニーは、「ワールド・オブ・ライズ」に出演し、イラン人女優として初めてハリウッド進出を果たしたが、それがイラン当局の反感を買い、現在はパリで暮らしている。

本作の撮影が開始されたのち、ファルハディ監督は国内の映画祭授賞式で「国外に逃げた映画監督や俳優が、再びイランに戻って活動できることを望んでいる」と語ったが、これが不適切発言としてイラン文化省から問題視され、いったん制作許可を取り消されるという憂き目に遭っている。

映画一本撮るにも政府の許可が要り、許可されてからも、規制でがんじがらめにされるのがイラン映画界の現状なのだ。シミンはイランの映画界そのものだったのかもしれない。


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コメント 2

冬瓜

他国の介護認定制度と自分の側面を比べることも如何なモノか?と、思いますが…前向きに捉える云々以前に、私、一度成らずと命救われているのですね。当然至極…感謝の気持ち忘れていました。
by 冬瓜 (2013-09-17 08:23) 

Ken

イスラムの国の日常って、ほとんど見ることが
ないので、それを垣間見ることができたのは
興味深かったです。
人間の悩みって、どこ国でも同じなんだなあ
って思いました。
by Ken (2013-09-17 10:55) 

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