SSブログ

君を想って海をゆく   @シネマ・クレール [映画(か)行]

君を想って海をゆく.jpg
満足度 ★★★★

原題は「WELCOME」。フランス映画なのに「BIENVENUE」ではなくて、あえて「WELCOME」としたところに強烈な皮肉が込められているのだが、こんなクサい邦題じゃ全く伝わらない。

主人公のビラルは17歳、イラクのクルド人自治区からフランスのカレーまで4000kmを3カ月かけて歩いてきた。カレーからは英仏海峡を渡るフェリーが出ている。トラックの荷台に潜り込んで、こっそりイギリスに渡るつもりだった。

彼がイギリスに行く理由は、ロンドンに家族と移住してしまった恋人ミナに会うため。ミナの父親は、商売で成功している彼女の従兄と結婚させようとしている。うかうかしていると彼女を盗られてしまう。

しかし、ビラルはトラックでの密入国に失敗してしまい、もはや泳いで渡るしかないと考える。そんなこと、オリンピック選手でもできるわけがない。ましてや彼は山岳民族だ、海なんか見たこともなかったはずだろう。

彼は、スイミングスクールの門を叩き、コーチのシモンに個人レッスンを頼むことにする。ビラルの企みに気付いたシモンは、「水温10℃の海を10時間も泳ぎ続けられるわけがない。」と、やめるよう説得するが、ビラルは聞き入れない。

シモンはかつてオリンピックのゴールド・メダルリストだったが、今は市民プールで子供や老人相手に水泳コーチをして細々と暮らしている。別居中の妻は、英語教師をしながらクルド難民たちに食事を支給するボランティアもしている、とても志の高い女性だ。

ここで、クルド人がどうして難民化しているのかを勉強しておかなくては、この作品の背景が理解できないだろう。

クルド人の総人口は約3000万人。トルコ、イラン、イラク、シリアなどの山岳地帯に広く居住し、それぞれの国で少数民族として肩身の狭い思いをしている。
クルディスタン.jpg
彼らの住む地域はクルディスタンと呼ばれているが、これはあくまでも居住地という意味であり国家ではない。つまり、彼らは独自の国家を持たない(持ちたいのに持てない)世界最大の民族集団なのだ。

どうしてそんなことになったのかというと、かつてクルディスタンは広大なオスマン帝国の一部だったが、オスマン帝国が第一次世界大戦で敗れたために、フランスとイギリスの都合で国境線が引かれてしまい、土地を分断されたからだ。

もともと言語も文化も異なる彼らが、欧米列強の都合で、あっちこっちに併合されてしまったのだから、問題が起きるのは当然だ。彼らは、それぞれの国で分離独立を求める運動を起こすが、そのたびに村を焼かれ、拷問や虐殺を受けている。

イラクでは、湾岸戦争の時にクルド人が独立しようとして蜂起したが、イラク軍に攻撃され、200万人にも及ぶ難民を作り出してしまった。その後国連が介入してクルド人自治区がつくられ、フセイン政権崩壊後は国家としての体制を整えつつあるが、石油の出る地域だけに、イラク政府は自治権の締め付けを強化していて、紛争の火種はまだくすぶっている。

ビラルの出てきたクルド自治区には、そういった背景があるのだ。政情不安で家を失い、独立もできないなら、ヨーロッパへ移住してしまうしかなく、貧しい人々は密入国という手段に頼るしかない。

かつては移民に寛容だったフランスも、いろんな問題が出てくるにつけ、厳しい態度で臨むようになった。特にサルコジは冷徹な政策をとっており、フランス人が難民に食事や住居を提供するだけで犯罪になってしまうようになった。

ビラルに会うまではクルド人問題に無関心だったシモンだが、彼のミナに対するひたむきな気持ちを知って、少しずつ変わってゆく。もちろん、難民を助けることで妻をまた振り向かせることができるかもしれないという潜在意識もはたらいていただろうが。

「君は愛する女性に逢うために4000kmも歩いてきて、これからさらに冷たい海を泳ごうとしている。それなのに私は、愛する人が目の前に居ながら、手放そうとしているんだ。」というシモンの言葉が印象的だ。

若さと運動神経の良さとでメキメキと水泳の腕を上げたビラルは、シモンに黙って出発してしまう。二人の間には父子のような感情が芽生えており、心配して捜索願を出したシモンが、ビラルとの関係を訊かれて、「私の息子です。」と答えるシーンに胸が熱くなる。

普遍的な愛を軸に、現代フランスの抱える移民問題に取り組んだ秀作。

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ ← ポチッとしていただきますと励みになります。
にほんブログ村
nice!(1)  コメント(1)  トラックバック(1) 
共通テーマ:映画

nice! 1

コメント 1

でかのすけ

おはようございます。顔を知らない貴方だから言える。
今の(カトルスジュイエ生まれの)私は、本当に、生きる居場所を失いかけてるクルド人化しています、との例えは、そうではない現実のクルド人の方々に失礼でしょうね。湾岸戦争勃発時点で、石油の需要減を見通して捨て身での行動を選択したフセインの中にアラブ人魂を見たのは当然至極。その時の日本は自衛官一人足りとも助け舟を出さなかった。そんな天罰が、今回の災害に遭わざる得ない先代からの日本人民族魂根強い我々あっての結果だ。と繋げて仕舞うって考え方って危ない事書いてますね。又、
勝手ながら…私自身が貴方を父だと投影しているようです。
by でかのすけ (2011-08-02 06:23) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。