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フェアウェル さらば、哀しみのスパイ   @シネマ・クレール [映画(は)行]

フェアウェル.jpg
満足度 ★★★★

これは拾いものだった。クサい邦題のおかげで、さして面白くなさそうな作品だな、と思いつつ時間つぶしの目的で鑑賞したが、意外や意外、観ごたえのある重厚な作品じゃないか。こういう嬉しい誤算があるから映画はやめられない。

舞台は1981年、ブレジネフ体制下のソ連。軍事費ばかりが膨れ上がり、経済的にも文化的にも破綻状態にある社会主義体制にあって、KGB大佐のグレゴリエフは祖国の将来を憂えていた。

自分の世代は仕方がないが、息子の世代の将来は明るいものにしなくてはならない、そのためには国の体制をいったん壊して大きく変える必要がある。彼はそう考え、自分の知り得た国家機密を西側にリークすることにする。

これは史実に基づいた話らしい。西側は彼のことを「フェアウェル」というコードネームで呼んでいたので、彼のスパイ行為は「フェアウェル事件」と呼ばれている。

彼が接触する相手に選んだのは、フランス人技師のピエール。KGBに面が割れているプロのスパイより、当局にマークされていないド素人の方が安全だからという理由だった。

当時は冷戦の真っただ中、ピエールはフランス人居留区という特別区に住まわされ、アパートの出入り口には24時間監視が張り付いていて、外出時間と帰宅時間とをチェックされている。おまけにメイドもソ連側のスパイ、寝室には盗聴器という徹底ぶり。

冷戦時代、ソ連に住む外国人たちは、そんなに非人間的な生活を強いられていたということがわかり、今更ながら驚かされる。

一般人である夫が国家を揺るがすほどの機密文書を取り扱うことに、戸惑いを隠せないピエールの妻。「私の夫はジェームズ・ボンドなんかじゃないわ。」スパイ活動に家族が巻き込まれることを恐れ、夫婦の関係はギクシャクするようになる。

一方、グレゴリエフもボンドのようにスマートな存在ではなかった。妻も自分も浮気していて、夫婦仲は冷めており、難しい年頃になった息子とは、ほとんど会話のない状態。息子が幼い頃に撮った8ミリ映画を観ながら、楽しかった昔を懐かしむシーンが泣かせる。

息子との関係修復に少しでも役立つようにと、グレゴリエフは情報提供の見返りにウォークマンとクイーンのカセットテープを要求する。初代ウォークマンの姿を久しぶりに見た。よく残っていたものだ。クイーンの音源がカセットテープってところも80年代そのものだ(CDが普及するのはこの数年後)。

テレビで放映されていたテニスの試合が、ボルグvs.コナーズ、グレゴリエフの愛人が家に押しかけて来た時に部屋で流れていたのが「ボヘミアン・ラプソディ」、80年代をリアルタイムに知る者には、ああ、あの頃の話なんだなとよくわかる。

ソ連政府がロックを西側の堕落した音楽として排斥しようとしても、若者たちの聴きたい気持ちを抑えることはできない。
アラジン・セイン.jpgグレゴリエフの息子が「ウィー・ウィル・ロック・ユー」をフレディになりきって唄い、部屋の壁にボウイの「アラジン・セイン」のポスターを貼っているのを観て、思わずニヤリとさせられた。




グレゴリエフの行為は、のちに国の指導者がゴルバチョフに代わったこともあって、ソ連崩壊の引き金となる。1988年、ペレストロイカのさなか、親善大使として招かれたスコーピオンズが、レニングラードでライブをするまでになったのは、おそらく彼のおかげだろう。

彼の立派なところは、報酬として金を受け取らなかったこと、情報提供後に他国へ亡命しなかったことだ。純粋に祖国を憂い、愛するがゆえの行為だったということが、それからもわかる。

しかし、大国主義の前では彼の存在など、ちっぽけなコマにしか過ぎない。彼をスケープゴートに仕立て上げ、東西の首脳が手打ちして一件落着。「カサンドラ・クロス」のあの背筋のゾッとするようなエンディングを思い出した。

国家とは何か、国民とは何かを、あらためて考えさせられる秀作。


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